Tさんの修行手記

Tさんの巡礼日記の特別編です。 白装束に身を包み、法螺貝を脇に男体山への修行登山。

他の巡礼記はこちらです。 http://www.nenjudo.co.jp/page/junreireport0.html

日光を開山された勝道上人のお話は耳にしたことがありますが
もう少し詳しく調べてみますと・・・

勝道 735年生まれ
空海 774年生まれ
最澄 767年生まれ

勝道上人は空海が密教を持ち込む以前の雑密時代に
山岳修行に取り組まれていました。
 
勝道上人は20歳まで現在の出流山満願寺で山林修行されました。
空海は勝道上人を偲び出流山に訪れ観音さまを刻まれ
その観音さまが現在のご本尊ということです。

28歳になった勝道上人は下野薬師寺に戒壇院が設けられると
受戒し僧侶の資格を得ました。
当時、僧侶となる試験が受けられるのは
奈良の東大寺と下野薬師寺、福岡筑紫観世音寺の三ヶ寺でした。

店長:この時代は天才的な宗教家が 生まれる土壌が醸成されていたのですね。
大宝律令が発布されて律令国家として定着しだした頃ということですよね・・・・ 
律令制の中でいろんな社会的矛盾、格差が表面化してきていたのでしょうね。 


765年 勝道上人は己が修行された出流山に満願寺を建立。

766年 二荒山(男体山)登頂を目指すが到達せず。
     大谷川が勝道上人一行を阻みますが、護摩を焚き祈り深めたところ
     深沙大王が現れ二匹の蛇を放ち橋をかけてくれました。
     この橋は「山菅の蛇橋」と呼ばれる現在の神橋です。

767年 勝道上人は弟子達と共に二荒山を目指すが断念。
     中禅寺湖・華厳の滝を発見。

781年 14年後再び山頂を目指すが到達せず。

782年 宿願の二荒山を極め頂上に到達。
     勝道上人47歳。(私も男体山初登拝は47歳でした。ご縁があるのでしょうか。)
     勝道上人はこの山を補陀落(観音さまの浄土の意)山と名づけました。


784年 立木観音像を手刻し、中善寺と神宮寺根本堂を建立。

789年 桓武天皇から上野講師と上人位という僧として最高の位を授かる。

     都賀郡城山に出井山華厳寺を建立。

807年 勝道73歳 飢饉が蔓延し多くの農民達の救いを求める声に応え二荒山に登頂、
     多くの人々を救う。

816年 勝道82歳の高齢で二荒山山頂に登り三社権現の社を建立。

817年 勝道83歳 多くの信徒に囲まれながら、四本竜寺で大往生を遂げる。


店長:着々と調べておりますね・・・・(^^

中禅寺 立木観音 参拝

DCIM0132

店長:いいね。濡れ鼠になりながらがんばってきたご褒美のような景色ですね。 

男体山登拝修行無魔成満
DCIM0130


店長:おめでとうございまーす

このページのトップヘ